いつもの冬なら、大阪・ミナミや京都の通りは春節を楽しむ中国人観光客の熱気で溢れかえっているはずでした。
しかし、2026年のこの景色は、私たちがこれまで当たり前だと思っていたインバウンド景気が、いかに危ういバランスの上に成り立っていたかを静かに物語っています。
高市早苗首相の発言を発端とする外交的な摩擦が、これほどダイレクトに、そして瞬時に地域経済へ影を落とす現実に、動揺を隠せない経営者の方も多いのではないでしょうか。
今回は、関西の百貨店やホテル業界が直面している「脱・中国」の動きを通じて、これからのビジネスに求められるリスク管理と多角化戦略についてお話しします。
まず、私たちが直視しなければならないのは、特定の一国に過度に依存することの「経営的リスク」です。
記事にある通り、昨年12月の時点で中国人訪日客数は前年比約45パーセント減という衝撃的な数字を記録しました。
ビジネスにおいて、主要な顧客層が政治的な理由で突然半減するという事態は、まさに悪夢と言えるでしょう。
これまで関西経済は、地理的な近さもあり、中国人客の圧倒的な購買力、いわゆる「爆買い」に支えられてきた側面が否めません。
しかし、一本足打法は、その一本が折れた瞬間にすべてが崩れ落ちる脆さを孕んでいます。
今回の春節の異変は、これまで先送りにしてきたポートフォリオの再構築という課題を、強制的に突きつけた形となりました。
ここで非常に興味深いのが、現場の企業が見せている迅速なピボット(方向転換)です。
特に大丸心斎橋店の取り組みは、デジタルマーケティングの観点からも非常に示唆に富んでいます。
彼らは、中国本土からはアクセスできない「インスタグラム」をあえて強化ツールとして選びました。
これは単なる広報手段の変更ではなく、ターゲットを「中国以外」に絞り込むという明確な意思表示でもあります。
中国語の繁体字を使用することで、台湾や香港の富裕層にリーチし、同時に英語や韓国語でグローバルな発信を行う。
規制という壁を逆手に取り、アプローチできる層を意図的に選別することで、リスクを回避しようとする賢明な戦略と言えるでしょう。
また、星野リゾートの事例からは、長期的な視点を持つことの重要性が学べます。
星野佳路代表が以前から提唱していた「アジア客依存からの脱却」は、まさにこうした事態を予見していたかのような先見性があります。
好調な時にこそ、次の危機に備えて種をまいておく。
韓国や台湾、そして国内客へとターゲットを分散させていたおかげで、彼らはこの向かい風の中でも客室稼働率を維持できています。
目先の売上に飛びつくのではなく、顧客層のバランスを常に意識する経営がいかに強いか、この事例は私たちに教えてくれています。
では、中国人客の減少は、日本経済にとってマイナスだけの出来事なのでしょうか。
日本総合研究所の藤山氏が指摘するように、私はこれを「質の転換」を図る絶好のチャンスだと捉えています。
これまでのインバウンド消費は、化粧品や日用品を大量に購入する「モノ消費」が中心でした。
しかし、欧米からの観光客は、長期滞在を好み、宿泊や食事、体験にお金を落とす「コト消費」の傾向が強いと言われています。
一人当たりの滞在日数が伸びれば、それは地方への波及効果を生み、より深い日本文化の理解へと繋がります。
数で稼ぐビジネスモデルから、体験価値で稼ぐ高付加価値モデルへの転換期が訪れているのです。
また、東南アジアなどの新興国に目を向けることも、将来への投資として欠かせません。
経済成長が著しいASEAN諸国の中間層は、かつての日本や中国がそうであったように、これから海外旅行への意欲を爆発させるフェーズに入ります。
今のうちから彼らのニーズを汲み取り、ファンになってもらうことは、10年後の日本の観光産業を支える太い柱となるはずです。
さらに、忘れてはならないのが「オーバーツーリズム(観光公害)」の問題です。
特定の時期に特定の国の人々が殺到することで、交通機関が麻痺し、地域住民の生活が脅かされる事態は、持続可能とは言えません。
観光客の国籍が分散されれば、来訪時期も分散され、結果として地域の受け入れ負担が平準化されます。
これは、ホテルや飲食店のスタッフにとっても、働きやすい環境づくりに繋がるポジティブな要素です。
今回の件で浮き彫りになったのは、地政学的なリスクは常にビジネスの隣にあるという事実です。
しかし、ピンチは往々にして、組織が生まれ変わるためのトリガーとなります。
「中国が来ないからダメだ」と嘆くのではなく、「これで世界中からお客様を呼べる体制が整う」と考える。
関西の企業が見せている粘り強さと適応力は、観光業に限らず、すべてのビジネスパーソンにとっての模範となるでしょう。
私たちが目指すべきは、誰かが来なくなったら困る経済ではなく、誰が来ても最高のおもてなしができる強靭な経済です。
今回の「脱・中国」の動きが、一過性の対応に終わらず、日本のサービス産業全体の質を底上げする契機になることを期待しています。
変化を恐れず、新しい市場を開拓する勇気を持つこと。
2026年の春節に見る静かな街並みは、私たちにそんな覚悟を促しているのかもしれません。